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ことを基準に判断せざるをえない状態になった。すなわち、法律の規定を守ることが公益にそぐわないか、あるいは法律の目的を達成できないことが分かっていても、法律に基づいて国民を規制しなければならなくなったのである。このために、法律の画一的な適用が必ずしも正義を実現するとは言えなくなったことに、オンブズマンが設けられた理由があると考えられる。例えば、具体的な例を申し上げると、デスオブコモンセンスという本が最近アメリカで出版されたのであるが、その中にこんな例がある。マザーテレサという慈善団体が、焼けたビルを改装して路上生活者を収容しようとしたのに対し、ニューヨークでは、この焼けたビルの使途に悩んでいたのでこれをマザーテレサに委ねた。ところが、建築基準法には、「改装ビルにはエレベーターを設置しなければならない」という規定があって、例外を認めるわけにはいかないと言われ、マザーテレサはこの計画を諦めた。あるいは、ある幼稚園では、子供の絵を壁にたくさん貼っていた。ところが、そこに消防署の長が来て、これは消防法に違反すると指摘し、子供の絵をすべて撤去させてしまった。あるいは又、ニューヨークにおいては、飲食店には衛生上「必ず皿洗い機を置かなければならない」という規定があった。そのために、それを置くスペースのない喫茶店では、コーヒーカップを紙コップに代えてしまった。

こういうふうに法律というものを機械的に適用すると、多くの不都合が生じる。オンブズマンというのは、このような具体的な不都合を法律の規定にとらわれないで改善することに目的がある。すなわち、公益を実現するために法律の規定を柔軟に適用しなければならない事態が生じた場合には(これは通常の苦情処理によっては対応することができない)、議会の代理人である高度の権威のある人の勧告を必要とするわけであって、これがオンブズマンの役割とされているわけである。

そこで日本について考えてみると、日本においては、これまで法律の規定に融通性があった。それから、法律を執行する官僚の資質に対する信頼性もあったために、法律の執行に際して官僚に広い裁量の余地を認めてきた。これが、事態に即応した措置を可能にしたという側面も否定できないのではないかと思われる。例えば、法律の規定に従うことが公益に反する場合には、行政指導によって公益を優先してきた。このような例はいくらでも挙げることができる。このために、わが国においては、今ニューヨークで問題となっているような不都合は余り生じていない。したがって、わが国においては、上級公務員がいわばオンブズマン的な裁量権を行使してきたわけであって、例えば、最近、沖縄県においてオンブズマンが設けられたけれども、オンブズマンによる苦情取扱件数は月に10件もないのが現状である。

ところが近年、西欧の法令を学んだ行政法学者などから、行政裁量の余地をできるだけ狭めることが「法の支配」の要求である、したがって、できるだけ法律を詳細に規定して行政官の裁量の余地をできるだけ狭めることが必要だという主張が盛んに行われ、最近、法律の規定は段々と詳細になってきている。こうして法律の規定が硬直化し、これを執行する公務員に適切な裁量権を行使する能力が失われると、わが国においても将来、オンブズマンが必要になるかもしれない。しかし現在のところは、このような機能を担っているのが行政相談と行政監察といってよいのではないかと思われるのである。

 

 

 

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